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新鮮な煩わしさ。

「作りたいのは『存在が良い』と僕自身が信じられるもの。ときに機能性を優先して追求していないところもあるので、人によっては使い勝手が良くないと思われるかもしれません。それでも、自分が心から良いと思えるものは、時流や状況の変化にとらわれることがなく、何度でも循環して安定して作り続けることができる。根本的にその感覚が好きなんでしょうね」

岡山県瀬戸内市の工房で、真鍮を素材に用いた金工を手がける菊地流架さんが金工をはじめたのは17歳のとき。アーティストだった両親の手伝いからスタートし、成人する頃には自身で作品を手掛けるようになっていた。

「やりたくないことははっきりとしていますが、その反面これが作りたいという強い意志があるわけでもない。日々を楽しく過ごしながら、目の前にある仕事をこなしていくというのが僕の基本姿勢。名を広めたいとか、後世に残るものを作りたいという欲求はないし、高みを目指すための特別な努力もしていないと思います」

伝統や地域と密接なつながりのなかで日本のものづくりは独自の進化を遂げてきたことは言うまでもないが、同時にその強い関係性がしがらみや呪縛となって、新しいクリエーションの可能性を阻むことがある。一方で、自由な性格の親からは基本的な作業プロセス以外、特別な指導を受けたことがなく、早くに独り立ちしたという菊地さんにとって、自分流を貫くのは当然の流れだった。

「生活と仕事の境界がない暮らしをずっとしてきましたから、仕事に対して特別な意識がないのかもしれません。創作するときは、頭にぱっと浮かび上がったイメージを辿りながら、自然に手元を動かしていくのが好き。新しいことにチャレンジするときでも、こうしてやろうと意識的に構えると、逆に力が入りすぎて進むべき先を見失ってしまうような気がするんです」

WONDER FULL LIFEでは、他アーティストとの協業しながらアートピースを手掛けている菊地さんだが、このとき彼の気持ちはどのように動いているんだろう。

「アートワークのコラボレーションは過去に経験したことがなく、WONDER FULL LIFEが初めて。関わっている人の求めていることがすぐに理解ができなかったり、納得いかないときもあり、やりとりが煩わしく感じることも。とはいえ、その面倒臭さこそが僕にとっては新鮮で魅力的なんです。思想的にそれぞれが違うのは当然のこと。それでも良いものがつくりたいという素直な思いをぶつけられるなんて貴重だし、自分の存在意義がさらに明確に見えてくる気がします」

思惑や信仰は人それぞれ。他人が信じている事実が、そのまま自分の正義になるわけではない。しかし、さまざまなに交流を繰り返すなかで、人は成長し、感覚を研ぎ澄ませていく。こうした菊地さんの淡々とした言葉の裏には、彼のおおらかで何事にも動じない力強い精神が宿っているように思う。

text_ Hisashi Ikai
photo_ Masako Nakagawa
  • 菊地流架

    「Lue」主宰、17歳から父(菊地雅章)のアクセサリーの製作の手伝いを始め、24歳から真鍮によるカトラリーを作るLueを始める。
    https://www.lue-brass.com/